新しい木造住宅に入った時や、ヒノキ風呂につかった時。
あるいは、木を切ったり削ったりした時に、ふわっと広がる独特の香り。
「木って、いい匂いだなぁ」と感じる人も多いのではないでしょうか。

木の香りは、色や木目と同じように、樹種によってそれぞれ違います。
ヒノキにはヒノキらしい香りがあり、スギやマツにも、それぞれ特有の香りがあります。
では、そもそも木はなぜ香るのでしょうか。
木は固体です。それなのに、少し離れたところにいても、その香りは鼻まで届きます。
その正体は、木の中に含まれているさまざまな「香りの成分」。
その一部が空気中へ少しずつ飛び出し、私たちの鼻に届くことで、木の香りとして感じられています。
しかも、こうした成分は、人に良い香りを届けるために存在しているわけではありません。生きている樹木にとっては、自らの体を守ったり、周囲の生き物と関わったりするための働きも持っています。
そして不思議なことに、木を伐採し、乾燥させ、柱や床などの木材になったあとも、その香りは残ります。
生きている木から、木材、そして建物へ。
身近に感じている「木の香り」の裏側には、植物がつくり出すさまざまな化学成分と、その働きが隠れています。
今回は、そんな木の香りの正体を、少し科学的な視点から紐解いてみます。

香りの正体 = 空気中を漂う成分
木の香りは、目には見えません。
では、私たちは一体何を「匂い」として感じているのでしょうか。
その正体は、木の中に含まれる成分のうち、空気中へ出ていく性質を持ったものです。
物質が気体となって空気中へ出ていくことを「揮発(きはつ)」といいます。
木から少しずつ揮発した成分が空気中を漂い、鼻の奥にある嗅覚のセンサーに届くことで、私たちは「木の香り」を感じています。

香りの強さは、いつも同じではありません。
例えば、木を切ったり削ったりした瞬間に、急に香りが強くなった経験はないでしょうか。
これは、新しい断面が現れることで、木の内部に含まれていた香り成分が空気に触れやすくなるためです。
また、温度や湿度も香り方に影響します。
一般に温度が高くなると成分は揮発しやすくなるため、同じ木でも、温かい場所では香りを感じやすくなることがあります。ヒノキ風呂に入った時に香りを強く感じるのも、こうした条件と関係しています。

そして、木材、特に針葉樹の香りに大きく関わっているのが「精油」です。精油というと、アロマオイルを思い浮かべる人も多いかもしれません。
もともとは植物がつくり出す、香りを持ったさまざまな成分の集まり。
その多くを占めているのが「テルペン類」と呼ばれる物質です。
テルペンは、私たちにとって身近な存在です。
例えば、ミカンの皮をむいた時に広がる爽やかな香り。その代表的な成分が「リモネン」です。
マツなどの針葉樹に多く含まれる「α-ピネン」は、森林を思わせるすっとした香り。
ラベンダーなどに含まれる「リナロール」、コショウやバジルなどに含まれる「β-カリオフィレン」も、テルペン類の仲間です。
つまりテルペンは、木だけが持っている特別なものではありません。
木や葉、花、果実、ハーブなど、さまざまな植物がつくり出している香りの成分なのです。
しかも、木の香りは一つの成分だけで決まるわけではありません。
多くの成分が異なる割合で混ざり合うことで、「ヒノキらしい香り」「スギらしい香り」といった、その木ならではの個性が生まれます。
私たちが何気なく「いい匂い」と感じている木の香り。
突き詰めていくと、木の中にあるさまざまな成分が空気中へ飛び出し、それらが混ざり合うことで生まれているのです。

木はなぜ香り成分をつくるのか
私たちにとっては心地よい「木の香り」。
でも当然ながら、木は人にいい匂いを届けるために、香り成分をつくっているわけではありません。
植物は、一度根を張るとその場から移動して逃げることができません。
虫に食べられたり、菌などの微生物に侵入されたりしても、動物のように場所を変えて身を守ることはできないのです。
そこで植物が身につけてきた方法の一つが、さまざまな化学物質をつくること。
前述のテルペン類にも、虫が嫌うものや、微生物の働きを抑えるものなどがあり、木を外敵から守ることに関わっています。
例えば、マツなどに見られる「樹脂」。
幹や枝が傷つくと、傷口から粘り気のある樹脂がにじみ出ることがあります。
樹脂には多くのテルペン類が含まれ、傷口を物理的にふさぐだけでなく、昆虫や微生物から木を守る働きにも関わっています。
木にとって、香り成分は“身を守るための道具”でもあるのです。

さらに、植物が放つ香り成分には、周囲の生き物への“合図”のような働きをするものもあります。
例えば、ポプラの葉が昆虫に食べられると、食害を受けていない時とは異なる揮発性成分が放出されます。その香りを手がかりに、葉を食べている昆虫に寄生するハチの仲間が集まってくることが、研究で確認されています。
つまり、虫に襲われた植物が放つ香りが、結果としてその虫の天敵を呼び寄せることがあるのです。いわば、香りを使った間接的な防御。
さらに、食害を受けた植物が出す香りを近くの植物が受け取ることで、害虫に対する防御反応をあらかじめ高める例も知られています。
私たちにはただの「植物の匂い」に感じられても、生き物たちにとっては、周囲の状況を知るための情報になっている場合があるのです。
木の香りにも、個性がある
ヒノキ、スギ、マツ。同じ「木の香り」でも、実際に嗅いでみると、その印象はそれぞれ違います。
その違いを生み出しているのが、香り成分の組み合わせです。
木の精油含まれている、数多くのテルペン類。どの成分を、どれくらい含んでいるのか。
その種類や割合が樹種によって異なるため、それぞれに特有の香りが生まれます。
そして、違いがあるのは「樹種の間」だけではありません。
同じ一本の木でも、葉、幹、樹皮など、部位によって含まれる香り成分は異なります。
その一例がヒノキです。
森林総合研究所が、ヒノキの葉と木材から採った精油を分析したところ、両者では含まれる成分の構成が大きく異なることが分かっています。
葉の精油に多いのは、比較的揮発しやすい「モノテルペン類」。空気中へ広がりやすく、葉を揉んだ時には、すっとした爽やかな香りを感じます。
一方、木材では、葉よりも揮発しにくい「セスキテルペン類」が主体。
ヒノキ材を切ったり削ったりした時に感じる、落ち着いた木の香りには、こうした成分構成の違いが関わっています。
同じヒノキでも、葉を揉んだ時と、木材を削った時では香りが違う。
私たちが感覚的に感じているその差にも、きちんと理由があるのです。
※参考:国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
『季刊 森林総研 No.49 研究の森から「ヒノキの香りって、どんな香り?」』
https://www.ffpri.go.jp/pubs/kikan/documents/kikanffpri49-research1.pdf?utm_source=chatgpt.com

さらに、香りは単純に「たくさん含まれている成分ほど強く感じる」というものでもありません。
成分によって、人の鼻が感じ取れる濃度には違いがあります。わずかな量でも香り全体の印象に影響するものもあり、さまざまな成分が重なり合って、その木らしい香りをつくっています。
樹種、部位、成分の種類、そしてその割合。
木の香りもまた、色や木目と同じように、一つひとつ異なる木の個性なのです。

伐ったあとも香るのは、なぜ?
木は伐採されると、根から水を吸い上げたり、新たな成分をつくったりする生命活動は止まります。それでも、製材所で切ったばかりの木や、新しい木材からは、はっきりと香りを感じます。
これは、なぜなのか?
その理由は、木が生きている間につくり、幹の中に蓄えてきた成分が、伐採されたあとも木材の中に残っているからです。
木材には、セルロースやリグニンといった木の骨格をつくる成分のほかに、「抽出成分」と呼ばれるさまざまな物質が含まれています。
精油やテルペン類も、その一つ。
木を切ったり削ったりすると、内部にあった新しい面が空気に触れ、そこから香り成分が揮発します。
製材したばかりの木や、カンナをかけた木から強く香るのはこのためです。
ただし、木材の香りはいつまでも同じではありません。
時間とともに揮発性の高い成分は少しずつ空気中へ出ていき、香りも変化していきます。
また、木材を乾燥させる温度によっても、残る香り成分の種類や量は変わります。

ヒノキの香り成分には、木を守る働きも
ヒノキの心材には、α-カジノールやT-ムウロロール、テルピネオールなど、さまざまな香り成分が含まれています。
その中には、木材を腐らせる菌の生育を抑える働きを持つものや、シロアリへの抵抗性に関わるものもあります。特にα-テルピネオールは、ヒノキの耐蟻性に関わる成分の一つとして研究されています。
つまり、私たちが「ヒノキっていい匂いだな」と感じている成分は、ヒノキ自身が長く材を保つための性質ともつながっているのです。
もちろん、「ヒノキの香りは絶対にシロアリを寄せつけない」と断言することはできません。木材の耐久性は、含まれるさまざまな成分やその量、木の部位、使用環境など、複数の条件によって決まります。
それでも、ヒノキの心材が建築材として古くから使われてきた背景には、強度だけでなく、こうした天然の耐朽性や耐蟻性もあります。
院庄林業の国産ヒノキ無垢材「匠 乾太郎」も、ヒノキ本来の性質を生かした木材の一つです。
耐腐朽性に優れる芯の部分を使い、防腐・防蟻10年保証を設けています。住宅の骨組みとして長く使われる木材だからこそ、ヒノキが本来持つ耐久性が生かされているのです。
香り、美しさ、そして木そのものが持つ性質。
ヒノキという素材の特徴は、私たちが鼻で感じる「いい匂い」の奥にも隠れているのです。

木の香りと、人のからだ
森には木々の香りが満ちています。
森林浴によるリラックスには、木々の景色や葉の揺れる音、気温や湿度など、さまざまな要素が関わっていますが、木々が放つ香りもその一つ。
木の香りが人にどのような影響を与えるのかについても、研究が進められています。
森林総合研究所などの研究グループは、ヒノキの葉から採った精油の香りを女子大学生13人に90秒間嗅いでもらい、脳活動や自律神経の変化を調べています。
その結果、右前頭前野の活動が低下するとともに、リラックスした時に高まる副交感神経の活動が増加。また、参加者自身も、香りを嗅いだ時の方が「快適」と感じる傾向が見られました。
参考:国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
「ヒノキの葉の香りがもつリラックス効果―生理指標を用いた科学的検証―」
https://www.ffpri.go.jp/research/saizensen/2016/20160311-02.html
森の中で感じる心地よさも、家に入った時にふっと感じる木の香りも、普段はそこまで意識することのないものです。
でも、その正体を知ってみると、木の香りは思っていた以上に奥深い。
次に木のそばで「いい匂いだな」と感じた時には、その香りの奥にある木の営みにも、少しだけ思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。
